
高齢化社会の進展に伴い、認知症を抱えたまま運転を続けてしまうケースが増えています。認知機能が低下すると、判断力や注意力が落ち、交通事故を引き起こすリスクが高まります。特に、認知機能検査で「認知症のおそれあり」と判定された場合は、速やかに運転免許を返納し、事故を未然に防ぐことが重要です。本記事では、最新の統計データを踏まえつつ、事故予防のポイントを解説します。
目次
1. 認知症と運転リスク
- 高齢運転者の事故割合
警視庁の統計によると、2023年中の交通事故発生件数は31,385件で、そのうち75歳以上の高齢運転者(第一当事者)の事故件数は4,819件、事故全体に占める割合は15.4%でした。これは年々増加傾向にあります。 (東京都警視庁) - 認知機能低下と死亡事故
令和元年に75歳以上ドライバーの死亡事故を起こす前に認知機能検査を受けた376人のうち、認知機能低下(第1・第2分類)と判定された割合は39.9%と、全受検者の25.2%を大きく上回っています。認知機能の低下は重大事故発生と強く関連していることがわかります。 (ぎろじ)
2. 認知機能検査の仕組みと結果活用
- 更新時検査の概要
道路交通法の改正により、75歳以上の免許更新時には認知機能検査が義務付けられています。令和4年5月13日以降、更新時の認知機能検査受検者数は約417万8千人、そのうち「認知症のおそれあり」は2.9%にあたる120,820人でした。 (一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会) - 臨時検査の仕組み
75歳以上のドライバーが信号無視や通行禁止違反など一定の違反をすると、臨時に認知機能検査を受検することになります。令和5年の臨時検査受検者約17.6万人では、2.3%が「認知症のおそれあり」と判定されました。 (一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会) - 検査結果の分類
- 第1分類:認知症のおそれがある
- 第2分類:認知機能低下のおそれがある
- 第3分類:心配のない者
第1分類のまま運転を続けると、重大事故のリスクが顕著に高まるため、速やかに免許返納を検討すべきです。
3.簡易認知症チェック
以下は、ご自宅で簡単に行える認知症のスクリーニング(ふるいわけ)テストの例です。あくまで“気になるサイン”を早めにキャッチするためのチェック方法ですので、結果に不安がある場合は必ず専門医の診察を受けてください。
- 診断を目的としたものではありません
本チェックはあくまで認知機能の変化を感じたときの目安です。正式な診断は医療機関で行ってください。 - 実施環境
静かな部屋で、声を出しても構わない安心できる場所を選んでください。 - 記録方法
結果や気づいたことは紙やスマホにメモしておくと、医師受診時の参考になります。
ミニ・コグ(Mini-Cog)テスト
所要時間:約3分
- 3語記憶
- 「りんご、くるま、いぬ」の3つの単語を伝え、繰り返し声に出してもらう。
- 時計描画検査(Clock Drawing Test)
- 白紙に大きな円を描き、文字盤(1~12)と「10時10分」を示す時計の針を書いてもらう。
- 3語再生
- 先ほどの3語を覚えているかを尋ね、思い出してもらう。
判定の目安
- 時計が正しく描けており、かつ3語中2語以上正解 → 異常なし
- 時計もしくは3語再生が不正確 → 追加検査を検討
時計描画検査(Clock Drawing Test)単体
所要時間:約2分
- 用意するもの:白紙・ペン
- 手順:
- 紙に直径15cm程度の円を自由に描く。
- 円の中に1~12の数字を時計と同じ位置に書き入れる。
- 時計の時刻を「8時20分」に設定し、適切な位置に針を描く。
観察ポイント
- 数字の配置がバラバラになっていないか
- 長短針の描き分けや位置が適切か
- 描き出しから終わりまでの流れ(手の震えや混乱の有無)
直後記憶・遅延再生テスト
所要時間:約5分
- 直後記憶
- 「みかん、はし、ごりら、でんしゃ、かさ」の5語を一度だけ伝え、繰り返してもらう。
- 注意課題(約2分間)
- 簡単な計算(100から7ずつ引くなど)や話しかけなどを行い、記憶を中断させる。
- 遅延再生
- 先の5語をできるだけ思い出してもらう。
判定の目安
- 5語中3~4語思い出せれば年齢相応
- 2語以下の場合は専門検査を検討
連続引き算テスト(Serial 7s Test)
所要時間:約1分
- 100から7を連続して引いていき、声に出してもらう。
100 → 93 → 86 → 79 → …
観察ポイント
- 数の操作を続けられるか
- 誤答やつまずきの頻度
AD8(介護者・家族向け質問票)
本人だけでなく、家族や介護者が気づきやすい変化をチェックできるアンケートです。以下の8項目について、「この数年で変化を感じる」かどうか答えてもらい、2つ以上あてはまれば要注意です。
- 金銭管理やお金の使い方が変わった
- 興味・関心の持ち方が変わった
- 計画を立てる・問題解決が難しくなった
- 道に迷うことが増えた
- 物の置き場所がわからなくなった
- 会話に集中しづらくなった
- 日常生活の細かいミスが増えた
- 気分や感情の変化が大きくなった
結果の見方と次のステップ
- 複数テストで気になる結果が出た → かかりつけ医や認知症専門外来への受診を検討
- 家族からの指摘がある → 家族同席で医療機関に相談
- どれも問題なかった → 定期的(半年~年1回)に再チェック
これらのチェック方法は、ご本人やご家族が「いつもと違うかも?」と感じたときに役立ちます。早期に気づき、適切な対策や受診につなげることで、認知症の進行を遅らせたり、事故リスクを下げたりすることが可能です。ぜひ定期的にご自宅でチェックし、異変を感じたら速やかに専門家にご相談ください。
4. 免許返納のメリットと手続き
4-1. 返納のメリット
- 事故加害リスクの回避:認知症による判断ミスや操作遅延を防止
- 精神的負担の軽減:万が一の事故に対する不安や罪悪感を軽減
- 保険料の見直し:高齢者向け割引プランや公共交通利用補助が利用可能
4-2. 返納手続きの流れ
- 最寄りの運転免許センター・警察署へ相談
- 運転免許証と返納届を提出
- 返納証明書の発行
- 各種サービス申請
- 公共交通乗車券の割引・補助
- タクシー利用券の交付
- 自治体による代替移動支援
5. 返納後の移動手段確保
- 公共交通機関の利用
定期券やシルバーパスを活用し、通院や買い物を安全に - コミュニティバス・乗合タクシー
地域によっては高齢者向けの運行サービスが充実 - 家族・地域ボランティアの協力
送迎のローテーションを組んで負担を分散 - 配車アプリ・タクシー配車サービス
スマートフォンが苦手な場合は家族が代行設定
6. 日常生活でできる事故予防策
- 認知機能・運動機能の維持
- 脳トレやパズル、ウォーキングや体操で身体機能を向上
- 生活リズムの安定
- 規則正しい睡眠・食事で集中力低下を防止
- 定期的な健康チェック
- 医師による認知機能評価や視力・聴力検査
- 家屋内の安全対策
- 手すり設置、段差解消、センサーライト導入
7. 家族・地域で支える見守り体制
- 声かけ・見守り:定期的に安否確認し、異変を早期発見
- 緊急通報システム:GPS端末や防犯ブザーを携帯
- 地域包括支援センター・認知症カフェ:情報交換と相談窓口の活用
- 連絡網の整備:緊急時の家族・医療機関連絡先リストを共有
8. テクノロジーと制度の活用
- 先進安全装置:自動ブレーキ、車線逸脱警報などの搭載車両利用
- 運転支援アプリ:運転時間・速度を自動記録し、異常を通知
- 成年後見制度:財産管理や契約行為を保護者に委任
- 認知症サポーター養成講座:地域での理解促進とサポートネットワーク構築
まとめ
認知症診断で「おそれあり」と判定されたら、速やかに運転免許を返納し事故リスクを根本から除去することが最も確実な防止策です。併せて、返納後の移動手段や日常生活での認知・身体機能維持策を家族や地域と連携して講じることで、安全かつ快適なシニアライフを実現できます。早めの対策が、大切な命と尊厳を守る第一歩です。