
交通事故は突然発生し、多大な損害をもたらします。特に複数台の車両が関与する事故では、責任の所在や補償の仕組みが複雑になりがちです。
日本では、すべての自動車に「自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)」の加入が義務づけられており、対人事故において被害者救済を図る基本的な制度となっています。しかし、複数台が関係する事故では、自賠責保険の適用にも特有のルールが存在します。
本記事では、以下のような疑問に答える形で、複数台事故における自賠責保険の仕組みを解説します。
- 複数の加害車両がいた場合、補償はどうなるの?
- 自賠責の限度額はどう扱われる?
- 過失割合によって支払われる金額は変わる?
- 任意保険との関係は?
自賠責保険の基本概要
まず、自賠責保険の基本について確認しておきましょう。
● 対象範囲
- 補償されるのは対人事故のみ(死亡・傷害)
- 対物損害(車や建物の破損)は対象外
● 保険金の限度額(2025年現在)
損害の種類 | 上限金額 |
---|---|
死亡 | 3,000万円 |
後遺障害 | 75万円~4,000万円(等級による) |
傷害 | 120万円 |
複数台が関与する事故における自賠責の原則
複数台の車両が関係する事故においては、加害者1人に対し自賠責保険1契約があり、それぞれが被害者に対して損害賠償責任を負います。
● 「共同不法行為」としての処理
たとえば、被害者が歩行中に2台の車に巻き込まれた場合、2台とも事故の原因を作っていれば、**共同不法行為(民法719条)**が成立します。
これにより、被害者は加害者のいずれか一方、または両方に全額の損害賠償を請求することが可能になります。
複数の自賠責契約からの保険金請求
このような場合、自賠責保険からの支払いはどのようになるのでしょうか?
● 重複支払いはされない
まず重要な点は、「損害賠償額を超えて保険金が支払われることはない」ということです。つまり、被害者の損害が120万円であるならば、2台の加害車両の自賠責保険から合わせて最大120万円までしか支払われません。
● 複数契約による「加算ではなく按分」
例えば以下のようなケース:
- 被害者がバイクに乗っており、2台の車に挟まれる形で負傷(損害額120万円)
- 加害車両A・Bの双方に過失あり
この場合、加害車両AとBの自賠責から按分して支払われることになります。過失割合がA:B=5:5であれば、両者の自賠責保険から60万円ずつ支払われることが原則です。
自賠責の「二重取り」はできない
複数の加害者がいる場合に、「それぞれの自賠責保険から満額(120万円)ずつもらえるのでは?」と思うかもしれませんが、それは誤解です。
● 被害者1人に対し、自賠責で補償される損害額は一度のみ
- 保険会社間で話し合い(求償)を行い、最終的な負担割合を調整
- 被害者は煩雑な交渉をしなくて済む
● 実務的な流れ
- 被害者はどちらかの保険会社に請求
- その保険会社が自賠責保険から全体額を立替払い(仮渡金含む)
- 保険会社同士で責任割合に応じて清算(求償処理)
自賠責保険による後遺障害・死亡時の扱い
● 後遺障害の場合
- 等級によって上限額が異なる(第1級:4,000万円~第14級:75万円)
- 複数台による事故の場合も、限度額を超えて支払われることはない
● 死亡事故の場合
- 最大3,000万円
- 同様に、複数台による事故でも1被害者につき3,000万円まで
自賠責保険と任意保険の関係
自賠責保険はあくまで最低限の補償制度です。実際の損害額が自賠責の限度額を超える場合、残りの損害は加害者の任意保険でカバーされます。
● 任意保険での対応例
- 損害額200万円 → 自賠責で120万円支払、残り80万円を任意保険で補填
- 任意保険がない場合、加害者本人が自己負担
● 複数加害者の場合の任意保険の扱い
- 各任意保険会社が自賠責と同様に按分対応
- 被害者は請求を一括化できることが多く、煩雑さは軽減
被害者請求と加害者請求
自賠責保険金を請求する方法には2つの種類があります。
請求方法 | 特徴 |
---|---|
加害者請求 | 加害者が立て替えた治療費などを後から保険会社に請求する方法 |
被害者請求 | 被害者が直接、加害者の自賠責保険会社に請求できる |
複数台事故で被害者が直接請求する場合は、関与した複数の保険会社へ個別に請求する必要があるため、手間がかかります。こうした場合は、任意保険が一括で対応してくれる「一括対応制度」を利用することが現実的です。
被害者として注意すべきポイント
① どの車両の保険会社に請求すべきか
→ 任意保険の一括対応制度を使うのが無難
② 過失割合による減額はあるか?
→ 自賠責保険では、原則として被害者の過失が大きい(7割以上)場合に減額される
③ 被害者に重大な過失がある場合
- 被害者の過失が70%以上 → 自賠責保険金が減額(20~50%)
- 被害者の過失が100%(信号無視や酩酊等)→ 支払い拒否もあり得る
まとめ
複数台の車両が関与する交通事故では、自賠責保険の請求や処理はやや複雑になります。しかし、制度の根幹は以下のポイントに集約されます。
✔ 要点まとめ
- 自賠責保険は人身事故限定
- 複数加害者がいる場合、被害者は全額請求可能
- 各保険会社は責任割合に応じて按分支払い
- 被害者の損害額が限度額を超えた場合は任意保険が補填
- 請求は被害者請求または加害者請求の形で可能
自賠責は「被害者救済を最優先」とする制度です。複数台事故の場合も、原則的には被害者が不利になることはありません。とはいえ、損害額や過失の状況に応じて、保険の適用や補償額が変動するため、事故後は早期に専門家(弁護士や保険会社)へ相談することが重要です。